知りたい人がいるかわかりませんが、
今日はわたしの過去のお話のうち

  • 子供の頃~学生時代どんな育ち方をしたか
  • 人間関係のルーツと理想
  • 価値観と行動基準を変えた出来事

のお話をします。

疑うことなく安定を求めていた優等生時代

北海道の田舎で生まれ育った私は、
人から怒られることが滅多にない、聞き分けの良いおとなしい優等生でした。
いわゆるアダルトチルドレン。

怒られたとしたら、コミュ障なことくらいかな。
もっと明るくしなさい!しゃべりなさい!とはよく怒られました。
騒いだら怒るくせに、大人ってほんとうに都合がいいですよねぇ。

一つのことに打ち込むのが得意

一つのことに黙々と取り組むのが得意な真面目な子でした。

家に帰れば誰に言われるでもなく勉強をしていたので成績も良く
子供の頃から習っていたピアノも、嬉しいことにちょっとしたファンのように私の演奏を楽しみにして下さる方もいました。

相応に、同級生から嫉妬からくる嫌がらせを受けたりと、
幼心に能力をひけらかすとろくなことがないということを学習したのもこの頃。

友達に拠り所を求めたら、寂しさが残った

仲良くなりたいとか可愛いなと思ったクラスメイトには思い切って声を掛けて仲良くなったりしていましたが
仲良くなるのはなぜか転勤族の子ばかり。

仲良くなっても1~2年でいなくなってしまうという経験を繰り返し
「親友がほしい」と担任の先生にずっとぼやいていました。

(いい子だったので、担任の先生には贔屓して可愛がってもらっていたのですが
担任の先生も、1年や半年という短いスパンでコロコロ変わっていました)

他にもそばにいてくれた子たちがちゃんといたので失礼な話ですが、
たった一人でいいから自分のことを深く理解してくれる人がほしいと思っていて

心を許した人が次々と居なくなってしまうのは、仕方ないことではありながらも寂しいものでした。

人は居なくなるけど、能力はなくならない

人はいずれ自分の元から居なくなるものだけど、
身に着けた知識は裏切らないし、なくならないという安心感があったのでしょうか。

そうして人間関係に安心感を抱けなかったわたしは
人に拠り所を求めるのをやめて、勉強やピアノに打ち込むようになったのでした。

人が自然と集まってくる

自分から声を掛けて輪の中に入っていったり、スポーツなどしながらみんなでワイワイするはどうも苦手だったので
学校の休み時間は、毎日欠かさず持参していた白無地の自由帳に漫画を描くか、教室のピアノオルガンを弾いて過ごすように。

そうして自分の好きなことを一人でやっていると自然と人が集まってきてくれていて
良くも悪くもそれが私の関係構築のベースになっていきました。

創る人、見つける人

人には大きく2種類いて、

  • 面白いものをゼロから創れる人
  • 面白いものを見つけて、接点を作りにいくのが得意な人

わたしは前者だと自分では思っていて
ぐいぐい積極的に行動できることが良しとされがちですが、
この2つの性質って相反するものであり、良い悪いで誰かがジャッジできるものではないのかなと思っています。

井の中から出たくて挑戦した学区外受験

そんな環境から、別の世界を見てみたくなり
また、人が選ばない選択肢を取ってみたくなり
腕試しも兼ねて受けた学区外の進学校に合格。

当時はまだ珍しかった学区外受験に挑戦して合格したことは、ちょっとした誇りでした。
これで過干渉な親元を離れて、好きなだけ男と遊べる!と(笑)、意気揚々と実家を離れます。

「音楽では食べていけないから、堅実な医療の資格を取りなさい」と親や先生から満場一致で言われながらピアノは辞め、
自分もその意見に何の疑いもなく高ステータスに憧れ、医師を目指していました。

環境がパフォーマンスを一変することを知った高校時代の挫折

実家を離れ、身寄りのほとんどいない地で
ハイレベルな勉強に必死でついていく傍ら、家事をこなす生活は
世間知らずな高校生の私にとってはとても寂しくて不自由で過酷なものでした。
(おまけに遠距離の彼氏と毎日3時間の電話をしていたので、寝不足→遅刻の毎日)

お金もないし、時間もないし、
家族も恋人も150km先。

おまけに今までの成績優秀というアイデンティティも
進学校ではもはやデフォルト。

明確な目標を持っていたわけではない私は、自分の持ち味も今後目指す目標も生きている意味も見失います。

食が体とパフォーマンスを作っていることを体感

ありがたいことに後々友達には恵まれましたが
毎日コンビニパン・おにぎりの貧乏食生活をきっかけに激太り、肌も髪の毛も荒れ、
体調や勉強のパフォーマンスがガタ落ちし、成績面でも女性としても一気に落ちこぼれに。

せっかく独り暮らしをしたのに、まったくモテませんでしたw

これは絶対に食が原因だ!と「食」について真剣に考え、
管理栄養士を目指した時期もありました。

自分の体調不良もあってか、人の体のしくみに興味を持ち
落ちこぼれな中、生物だけは常に好成績。

余談ですが、医師や医療職を目指す人って
自分の体調的なコンプレックスや、ご家族にご病気を抱えていらっしゃって
それをなんとかしたい!という想いが学びのモチベーションになっている人がとても多いです。

体調不良で将来の選択肢が狭くなった

下働きではなく裁量権のある仕事がしたい
権威がほしいという思いから歯科医師を目指しましたが、

そんなパフォーマンスで医療の権威になれるはずもなく、
成績面と家庭の事情で志望校をコメディカルに変更せざるを得なくなり
今まで自発的にしていた勉強ではなく、泣きながら行きたくない学科に入るための受験勉強。

あれほど悔しかった時期は人生で他にありません。

ぼっちで過ごしてみて一変した価値観

高校時代の寂しさから、無理な理想は追わずに近くの国立大学に進学したものの
クラスメイトと話が合わず、入学早々に仲良しグループを抜けて大学もほとんど行かなくなりました。

「一緒に居て合わない人と過ごすくらいなら、多少肩身が狭くても一人で行動したほうが良い」
ふて腐れてこの想いを行動に移したことで…

人生の自由度が劇的に増しました。

一匹狼の快適さを知ってしまい、
これ以降は人と一緒に行動すること、人に合わせることや
愛想笑いをしなくなりました。(愛想笑いは元からしていなかったかもですが)

「人に見放されないように」「所属しているグループでハブられないように」
そんな発想をしなくてよくなったので、行動の自由度も桁違いに増します。

寂しさの矛先がお金に向いた

寂しさを実利のあるものに転嫁するのがどうやら私の性格らしく、
友達がいないのだから、せめて勉強とお金稼ぎくらいはとバイトと勉強に没頭し、
無駄な時間を過ごしてたまるかと分刻みの鬼スケジュールでお金を貯め
まぁまぁな成績で国家試験を合格。

節約と必死のバイトの末貯まった 10万円で定期預金を作り
これが資産運用の一歩目になりました。

貯金額というわかりやすい数字がどんどん積みあがっていくのが嬉しくて
人と仲良くする、みたいな不確定要素にはどんどん興味がなくなり
ここからお金稼ぎと資産運用に目覚めます。

続きはこれから書きますね

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