脱サラして以来、わたしは
10か所以上の場所で仕事を転々としています。

やむを得ない理由のケースや
元々短期雇用だったこともありますが
そんな風に短期離職を繰り返してきて気が付いたことがあります。

仕事が半年続かなかった

というのも、新卒で就職した医療職は5年続いたものの、
それ以降は3か月~半年で職を変えていました。
早いものだと数日とかでブッチしたり。

最初は仕事が長続きしない自分に嫌気がさして鬱になったり
履歴書は傷だらけで面接では根掘り葉掘り聞かれるし、採用されないし
負のスパイラルで自己嫌悪に明け暮れていました。

アルバイトばかり転々としていたことも、
早期離職を繰り返しすぎて、この先もまたすぐに辞めてしまうかもしれないし、
就職はどうせ無理だ、と思っていたから、というのもあります。

こんな自分はどこに行っても価値がないし、
レールから外れた社会不適合な自分なんか、どうせ一生貧乏のままだ、って
何度も人生ごと諦めてしまいたくもなりました。

ところが、最近になって、
短期離職、というか
劣悪な条件の職場や人を毅然として「裏切る」「見捨てる」非情さの重要性を感じるようにもなったのです。

めちゃくちゃ遅い。もっと早く知りたかった。
と激しく後悔しているので、記事にします。

短期離職で得るものがあった

というのも、
早期離職を繰り返していたここ1年をふと振り返ってみると
お給料が段階を経て上がっていたのです。

もちろん、給与を上げるコツは短期離職!ブッチしていい!
ブッチするとお給料が上がるよ!と結論付けるわけではありません。

が、搾取されていると感じていたあの時の環境にずっといては
今の待遇にはたどり着けないどころか、
貧乏なのに心身を壊す、という身売りのような状態にしかなっていなかっただろうと思うと、ぞっとするのです。

不義理の結果、キャリアアップしていた

以前の職場では引き留め交渉をすべて無視し
その前の職場でも、ブッチしています。

喧嘩腰、というわけでは決してないのですが、
「あなた(御社)とはもう今後関わる意志はありません」
という、毅然とした無言の意思表示です。

経験則的な感覚もあるのでしょうが、短期離職を繰り返していると
自分を大切にしてくれる場所なのか、
甘えて(そのつもりがなくても)搾取してきそうかは
3か月あれば大体わかってきます。

なにもお客様待遇を求めているわけじゃありませんが
働く以上は、対価がないと本末転倒ですからね。

不義理以前に不義理「されている」

もちろん、お給料や働く場所を用意してもらった恩はありますが
度を越えて人間扱いされない使われ方をしたり、プライベートを尊重されなかったり
アウトプットに対して対価が少なすぎると感じたりすることはあるはず。

不義理なのは重々承知ですが、それ以前に
これまで仕事を辞めたくなるくらいには十二分に不義理を受けてきたわけで
あなたがよほどのサイコパスでもない限り
何も身に覚えがないのに相手に不利益を被らせようという考えには至らないでしょう。

なんらかの不快な感情があってこその「逃げ」。
こちらだけが聖人君子である必要なんてまったくないし
なにも、他人のエゴを背負って生きる必要なんてない。

良い人で居続けるためだけに犠牲を払い続けるくらいなら
悪者扱いされて嫌われたとしても、心地よく生きたいですよね。

もちろん、これは仕事に限らず
人間関係やパートナーシップでも同じです。

「良い人でいたい」を人質に取られている

むしろ、良い人でいようとすればするほど
その良心を逆手にとってチクチクと罪悪感を人質にして搾取されるだけです。
というか、過去の自分がずっとそうでした。

極端な言い方をすると、
「誰からも好かれたい」「良い人でいたい」もあなたの一種のエゴ
せこい人って、そういう部分をうまく見ているんですよねぇ。
なにか断ったら、「ひどい」「冷たいね」と言ってきたり。(経験談)

「別に嫌われてもいい」っていう、ちょい悪オーラを出している人には
あなたに言うような無理を言わないのではないでしょうか。
その扱いの差を想像してみれば、一目瞭然です。

搾取上手はきれいごと上手

ちなみに、こういう話をすると決まって
「とはいえ、何があっても不義理はダメだよ!!」と間髪入れず叫ぶ人がいるでしょうが
そういう、頭ごなしに否定する人こそ搾取の天才だったりします。

不義理を全否定するのは不自然なこと

「何があっても」って気軽に連呼する人ほど
「なにかある」という有事の体験なんてしたことがないぬるま湯人間だし
そもそも嫌いな人からのメールや街頭セールス、
しつこい元恋人や、街をうろつく変質者を冷たく無視した経験くらい、
誰でもあるのではないでしょうか。

なので、そういう人は不義理をしたことがないのではなくて
自分の行いを見て見ぬふりしているだけです。

自分の事を棚に上げて罪悪感を刷り込もうとしているか、
不義理したことのない人がいたとすれば、それは
人を一度も拒絶したことのない相当のお人よしかのどちらかで
いずれにしてもあんまり見習うべきじゃないと思います。

ステージアップは
「捨てる」とトレードオフ

当たり前ですが、
今よりもいい場所に行きたいと思ったら
今の場所は捨てなければいけないし、
逆に、今の場所が心地良いなら、
そこを無理に捨てる必要はないと思うのです。

そして、去る場所にわざわざ
愛想や情を残す必要もありません。

やむを得ない事情でもない限り、
恋人を振るときに、
「好きだけど別れよう」とは言いませんよね。

関わりませんという明確な意思表示を

退職エントリーとかみると、
「立つ鳥跡を濁さず」とかいうきれいごとが決まって書かれていますが
たしかに、わざわざ荒らして去る必要は全くないとはいえ
一方で必要以上に媚を売ったり愛想を振りまく必要もない。

むしろ、
「今後はあなたと関わりません、関わりたくありません」という意思表示がどこかで必要で
去り際で意思に反して愛想を振りまいてしまうと、
「さみしい~また会おうね~!私たち親友だよね!」と
同窓会の約束をする卒業式のようなもので
「あなたのことが好きで、ずっと関わっていたい」と誤解されても無理もありません。

「去られた」側の末路

ちなみに、わたしは運よく待遇の良い環境に恵まれましたが
一方で、「去られた」側の会社はというと

事務職の「ついで」(待遇も同じまま)でLP制作をしてほしい、と言ってきた会社は
相変わらずで「選べる2職種♪」と同条件の求人を出していました。

その後どんな人が入ったか、どうなったかは知りませんが
所詮はスキルもその程度の評価だったということです。

その後自ずと答え合わせがわかる

また、入社後にせこい給与交渉をしてきたうえ
理不尽な24時間対応を求めてきた会社は
退職の意思表示をして引き留めも無視した結果、
社長が社内チャットに赤字だとか、このままだとみんなの給料を下げるとか
病み投稿をしていました。

自爆して闇に堕ちるのは典型

このように、いなくなってみると、
良くも悪くも会社側の本音も露呈します。
精神論っぽいですが、逆に自分がその後不幸になったとしたら
それは自分の慢心だったという答え合わせです。

毅然として拒絶した結果、この会社のように「自爆」するのは
典型例かもですね。
(昇給が期待できないどころか、降給の可能性もあったなんて
やめてよかった…)

まとめ

文字にしてみると、当たり前のような話にも感じますが
わたしは30年以上、このことにまったく気が付かずに
膨大な時間と気苦労を無駄なことに費やして捨ててきました。

環境を捨てることの価値なんて、誰も教えてくれないけれど
単純に数字を見ただけでもこんなに明確なんだ、とぞっとしています。
(ちなみに昇給を待っていて期待できた給与幅よりも上がっています)

あと10年、いや、
15年早く知っていたかった。

ということで、「良い人」であることに必要以上に固執することは
自分が傷つくのと引き換えに相手を甘やかすだけで
好かれることで失っているものは甚大かもしれません。

いつもとは言いませんが
時には非情であることや冷たさは、自分を守る武器であり
環境を選択できる強さであり
必要悪なのかな、と思うのでした。

共感したら「いいね」してね

いいね! (まだ評価がありません)
記事のURLをコピーする

先頭へ戻る