オンライン化やデジタル化が進むとともに
コミュニケーションのあり方が
どんどん変わっていっていますよね。

友人と連絡を取る手段が電話からメールに変わり、
内輪の「友達グループ」は
ブログやSNS、グループチャットに置き換えられ

最近では、情報やその人と関わること自体が有料化されたり
テレビに代わって個人が動画を作ってエンターテイメントを提供するようにもなりましたね。

オンラインサロン、情報配信
形が変われど中身は変わっていない

個人が自由に発信してマネタイズできる。
人との関わりにお金という障壁を設ける。

このこと自体は、とてもいい流れだと思っています。

オフライン時代の習性や過ちは
オンラインでも見られる

だけど、テクノロジーが新しくなったから、新しいユーザー体験が得られるかと思いきや
そうでもないことに気が付いてきました。

  • 無意味で甘ったるい内輪ノリの盛り上がりと
    それに入れない人の疎外感
  • 自分のことを棚に上げて正論を吹聴し
    他人を裁きたがる人
  • いたずらに好奇心を掻き立てる広告と
    それにつられる人
  • ネットいじめ、悪口・中傷、仲間外れ
  • ストーカー・つきまとい行為
  • 「いいね」や「フォローバック」を強要される付き合い
    いいねしないと嫌われる同調圧力
  • インフルエンサーに依存する情報ジプシーと
    自立心を刈り取って搾取する信者システム

こういう現象や人たちって、
今に始まった話ではなく昔から存在していて
形を変えているだけで、本質はなにも変わっていないのですよね。

むしろ、オンラインという拡張性ゆえ
オフラインのときよりも深刻化するケースすら散見します。

人が変わらなければ
技術があっても中身の体験は同じ

こういうネガティブな現象がなぜ繰り返されるかというと、
いくら技術や手段がいくら新しくなろうと
それを構成している人間が同じだからです。

もちろん、技術で解決できることは圧倒的に増え
便利な社会になりましたが、

いくらかっこいいデザインを纏ったって
いくら今風のエフェクトを付けたって
いくら機能面を強化したって
それを発信している人、それを享受している人の質が変わらなければ
本質は変わらないことを、制作者として自戒も込めて感じます。

ただ単に、入り口が派手になっただけで、
しいて言うなら、申し込みや登録・支払いの障壁がスムーズになり
間口が広がったくらいじゃないでしょうか。

「いじめ」をする人が居なくなったわけではない

残念ながら、ネットいじめもこの先完全には駆逐されないでしょう。

悪口を言いたい人も、他人を裁きたい人も、人に依存したい人も
消えていなくなったわけではなく、ネガティブ感情自体がきれいになくなったわけでもなく
彼らは何かしらの媒体に「引っ越した」にすぎないのです。

テクノロジーと人間心理のイタチごっこ

例えば、アクセスや収益、フォロワーを故意に集めるために
倫理に反したことをしたり、過剰にテクニックに走るインフルエンサーがいますが
その本質って、視聴率を集めるために
誇大な演出をしているテレビや週刊誌となんら変わりありません。

その証拠に、紙媒体からオンラインに形を変えても
釣りのようなネットニュースってよくありますよね。

「釣り」がなくならないのは
「釣られたい」人がいるからこそ

というのも、そういう過激だったり単純な宣伝を
欲しがっている視聴者がいるのもまた事実で、
これって本能のようなものなので、なくなることはこの先もないでしょう。

テレビが時代遅れの年配者のご機嫌取りメディアになろうと
また別の、そういう属性の人が集まる媒体で同じような現象が繰り返されるだけです。

何を発信するかより
「どこで発信するか」

発信者側の立場に立って言うと、「何を発信するか」はもちろん大事ですが、
どこで発信するか、その媒体が自分のあり方やキャラにマッチしているかは
思いのほか大事な要素です。

テレビが好きな人であれば、テレビと似た性質を持つ媒体を選ぶのは
もちろん悪いことではありませんし
大衆をターゲットにするのであれば「あえて」ということもあるでしょうが
媒体次第で「誰に聞いてもらえるか」が大きく変わりますからね。

メディアと共に低俗化しないために
媒体選びは超重要

発信の質を維持したい、高めたいのであれば、
利用するメディアやプラットフォーム自体が低俗化するリスクがあるということに
注意する必要があります。

未来的に、この媒体を好んで利用する人はどんな人か。
どんな人が集まりそうか。

同時に、その媒体を「息苦しい」「合わない」と感じて
去ってゆく人もいます。

使いやすさだけで選ぶと苦戦を強いられやすい

自由に発信ができる媒体が乱立しいている今、低俗化して沈まないためには
そういう、集まってきそうなユーザーの属性を予想して
自分の身の置き所を選択する慎重さが問われると思っています。

ただ単に使いやすいからという理由だけで決めると
同じ理由から、ライバルが増えたり
思考停止した人やリテラシーの低い人が集まってきやすい可能性がありますからね。
(起業初心者さんの場合は、使いやすさを優先することも大事だと思いますけれどね)

結論:
ネットはあくまでひとつの解決手段
媒体選びで世界が変わる

新しい流行や媒体が生まれるのは、
古い慣習からの逃げということもしばしばありますが

実態として、古い慣習から逃れたと思ったら
媒体を変えてまた同じ歴史を繰り返している、ということも少なくありません。

逆に言うと、発信する側も受け取る側も
自ら媒体を選ぶ自由があるとも言えます。

その媒体の外で繰り広げられている世界ってなかなか見えませんから
自分に合った媒体やプラットフォームをうまく選べると、
望まない世界と上手に距離を置くことも可能になります。

搾取されないように、また
望まない世界で自分を苦しめたり、息苦しさを感じることを繰り返さないためにも
広い目で身の置き所を選べる力を持ちたいものですね。

共感したら「いいね」してね

いいね! (まだ評価がありません)
記事のURLをコピーする

先頭へ戻る