ある時期、自信がなくて
自分のことを表に発信できない時期が続いたことがありました。

目利きのある人に批判されるんじゃないか、
ここがダメだとか、まだまだだとか手厳しいことを言われるんじゃないかと不安で仕方なくて
普段はおおらかで大雑把な性格のはずなのに
まだ足りない、まだダメだと、成しえない100点を目指していたのです。

少しもアラがないように
終わらないスキルアップをしていた

自分自身も常々発信しているのですが
個人起業家に完璧を求めているお客さんなんて、ほとんどいません。

人間は機械じゃないし、それをわかっていて買ってくれたり、応援してくれる
ひとりの人間という面に寛容でいてくれる方がほとんどです。

なのに、現れるかどうかわからない、
ごくごく少数の批判者を気にして
アラのない完璧を目指していたんですね。

そしていざ、少しレベルアップしても
やっぱり欠けていることがないか心配になって、
いらないスキルや技術という装備をどんどん増やしていく。

無駄な完璧を求めるうちに
後発に追い抜かれていく

自分がそんな、お客様の求めていない
本質から外れたことに神経をすり減らしているうちに、
言うまでもなく、どんどん行動力のある後発が出てくるわけです。

行動できない弱さを他人に転嫁していた

経歴を見ると、
自分が行動し始めた時期よりずっと後
つい最近から始めた人もいる。

その時、どう思ったかというと
自分と似たようなことをして人気になっていたり、
満席続きのインフルエンサーさんを目にしては
猛烈に悔しかったんですよね。

もちろん、直接批判したり嫌がらせをすることはしませんでしたが
ここがつまんないとか、サムネイルがダサいとか、ビジネスモデルが甘いとか
心の中であら捜しをしていたのです。

つまり、自信がないと言っておきながら
他人に対しては傲慢で不寛容だったのです。

調子に乗ると感謝が生まれる理由

対して、自分にとってあんまり重要度の高くない場面で
本気を出さず適当に振る舞ったり(あんまり好きじゃない仕事とか)
嫌われてもいいや、ってちょっと図々しく振る舞うことって、あるじゃないですか。

または、ちょっと調子に乗ってなにか失敗してしまったとする。

そういう時に、
あっさりと「大丈夫だよ」と言ってくれる時ってありますよね。

むしろ、自信過剰ぎみに自己主張したとき、
喜んでくれる場所さえあったりもします。

調子に乗らせてくれる人や場所があるということ

あんまり度を越すのはもちろん考えようですが、
わたしもそういう場面があって
あっさり許して受け入れてもらえたことに、拍子抜けしたことがありました。

その時に、なんとも思っていなかった人に対してはじめて
「許してもらえた」「受け入れてくれた」
という感謝が生まれたのです。

なんというか、
「ダメな自分でも受け入れてくれた」という感謝というか。

受け入れてもらえたらお返ししたくなる

人には返報性という本能があります。
良くしてくれたら、お返しをしたくなるということですね。

なので、他人に対して感謝が生まれると、
今度はお返しがしたくなったり、その人のために何かしてあげたいと思ったり
その人のことも理解したいと、自然に思えるようになったりします。

タイトルの
「謙虚が傲慢さを生み出し、調子に乗ると感謝が生まれる」

これって、逆のような気がするじゃないですか。
というか、自信過剰のほうが傲慢っぽいですよね。

だけど、
人になにも言われないよう、完璧を目指すあまり、他人のアラにも不寛容になり
自分の傲慢さや自信過剰、稚拙さを受け入れてもらえることで感謝が生まれ、
人のことを受け入れられるようになるのかもしれないなと思ったのでした。

批判好きな人ほど実は謙虚

たしかに、人のことを批判している人って
質素倹約で、やりたいことを我慢している(我慢してきた)人が多いですよね。
自分が苦労してきたんだから、お前も苦労しろ、みたいな。

これって、謙虚や質素倹約をはき違えていますよね。

感謝することがないのに感謝しようがない

よく巷では
「感謝しなさい」と言うじゃないですか。

だけど、感謝するようなこともないのに
無理やり感謝するなんてしたくない!

と、むやみやたらと「感謝」を強要してくる風潮に
いらだちすら感じていました。

感謝は受容ありき

だけど、感謝ってこうして
自分の存在を受け入れてくれたことに対して生じるものなのかな。

一時期流行ったアドラー心理学でいう、
「ここに居ていい」という承認というか。

感謝の循環って、(多少の)わがままやエゴを許し合うというか
「多少はみ出してもいいよ、その代わりに感謝しようね」
というのが本来の意味なのかもしれませんね。

であれば、「他人に許してもらえる(かもしれない)」という信頼感を自分の中に持てることが
すべての始まりなのではないか、と思うのでした。

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